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白昼夢

 気が狂ってるように思われる事ほど不愉快なことはない。そして、それが今の現状ゆえだと思われる事ほど不愉快なことはない。私がこんなことを言えば、「ほら、くすくす、恥ずかしい。もう、愚痴を、言う人もいないんだ」と下らぬことを心の底で考える人もあるかもしれない。或いは、このようなことを書いているのは、私の心の底にもさような心情があるからである、と賢しらの評をたてる人もあるかもしれない。はっきり言って、どうでもいいね。下らないね。「ほら、孤独にやられたのさ」なんとでもいいやがれ。孤独にさえなれない泥酔者たち!
 私は一心不乱にここまで憂さ晴らしのように文章を書いたところで、当てつけるまでの価値と抵抗もない奴を攻撃しているような気がしてとたん悲しくなったのは、ひとえに隣家からもう二時間も続く罵声のせいであった。私は書かねばならぬ原稿をひとまず置いて(とはいえ、すでに書きなぐりの文章を書き始める程度には集中力は低下していたのだが)、散歩に出かけようと思い、目深く帽子をかぶる。
 私は今、もうこれ以上景気が悪くなることもあるまいと毎年言われて早十年以上の長引く就職難の中、大学出ても職決まらず、かと言って大学に残ってやりたい勉強のあるわけでもなく、しいて言えば、一つの完璧な文章を書くことを夢見ていて、東京にいても仕方あるまいと実家に帰り、実の所、懶惰な日々を過ごしていた。
 「孤独」と私は呟く。家は、田舎駅から自転車で三十分はかかるところにあり、田んぼに囲まれた辺鄙な町にある。私のような立場の不安定な「頭でっかち」の人間が一番嫌われやすい町である。私が何か一つでも自説を広げたら、たちまち狂気の烙印を押されるに相違ない。「孤独」と私は再び呟く。狂気の烙印を押されるのが怖いのか? 心臓がずしりと存在を表す。私は何度も私の狂気に対して反駁したが、結局の所、私の持っているかもしれない狂気を否定することができるのは他人でしかないと思った。だけど、他人も自分自身の狂気に対しては何にも手の施しようがないだろう。なんだ、あほらしいと私は思い、石を蹴る。
 「孤独」と私は三度目呟いた。ざざあと風の音。いつしか私は堤防まで歩いてきていたようだ(堤防までは歩いて一時間以上はかかるのだが)。私は白昼夢を歩いているような心地で、堤防の上を歩く。
「水っていうのは神じゃないのかな。だとすると、私たちは神の子じゃなくて、神の一部だよ」という声がするのに私は驚いて振り向いた、というのも、彼女は私の中学の頃の女友達ハルカの声に相違なかったからである。
「ハルカか」
 ……私がここで読者に期待するのは笑いである。というのも、こんなの、まず小説として、すでに、様々なものが破綻しているからである。というか、もはや小説じゃないよ、だからと言って私の妄想でもないよ。ハルカの人物像なんか私の頭の中に何もありやしない。登場人物が一人だと何にも出来ないから一人対話相手を作る必要があったのである。「ハルカあれかし」かくしてハルカは生まれた。
「久しぶりだね、ススム君。どうしたのさ、東京にいってんじゃなかったの」
「うん、一年こっちに戻ってきたんだ。職も決まらなかったしね。整理したいこともあったんだ」
「あ、そう」
「君こそ、何やってるのさ、こんな時間に」
「私は……」
 とたん強風が私たちを襲い、ハルカが何と言ったのか丁度重要な所だけ聞き取れなかった。
「へえ、それは大変だ」と私は呟いておいた。すると、ハルカは突っかかりを私に表明した。
「何が大変だと思うの」
「それが」
「それって何」
「それさ」
「だから、何」
「さっき言ってたやつ」
「ああ、それね。そんな大変じゃないよ」
「そうか」
 私たちは無言になる。
「俺って、気が狂ってるかな」
「なんでそう思うのさ」
「そう思われてる気がするからだ」
「なんでそう思われてるの?」
「なんだろうな、多分『孤独』を探求するために『孤独』になろうとしてたり、今の俺のように、何もせずぷらぷらと散歩してたりして、しかして、たまに道化でインテリの苦悩を気どった顔をしてみせるからじゃないかな」
「それはそう思われても仕方ないかもね。むしろ、実際に狂っているのかもしれない」
「そういうものか」
「そういうものよ」
「君は俺を狂っていると思う?」
「その質問は愚問だと思うけど、率直に『いいえ』と答えておくわ」
「ありがとう」
 私は散歩から帰ろうと思った。
「ハルカは消えよ」するとハルカは風と共に消えた。
 私はここで夢を見ていたんだろう。実際に、ハルカはいたのかもしれないが、そんなことは今はどうだっていいことだ。

 今度目が覚めた時、私は女になっているかもしれない。
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